ぶつけられない運転 ツイート

区切り線


忘れた頃に、ときどき高速道路の渋滞末尾でトラックにつっ
こまれて死亡、とかいうニュースが流れる。正直いって、バ
カだなあ、と思うのである。いやつっこんだ方がバカなのは
さておいて、つっこまれる方が無防備すぎる、と思うわけで
ある。

責任負担でいえば、つっこんだ方が100%悪い。これは実
際にそうだし、それで問題ないだろう。でも、責任がなけれ
ば何もしなくてもいい、というのは、それはもっと別の問題
である。つっこまれずに、いや正確にはつっこまれても死な
ずに済むかもしれない方法は確実に存在する。存在するにも
かかわらず、まったく無防備につっこまれて殺される。だか
らバカだと言っているのである。

高速道路の本線車道で、速度差100キロで後ろからつっこ
まれれば、後席どころか前席だって危ない。国産車の後席の
安全性なんかまったくテストされていないし、とくに軽自動
車の後席なんか紙細工同然である。

これは一般的な一般道路でも言えるのだが、公道で減速する
場合は、後ろの車に先にブレーキを踏ませるのが鉄則である。
前の車が減速を開始するまで頑張ってアクセル踏み続ける必
要なんかどこにもない。渋滞の末尾までびゅーって走っていっ
て、そこでブレーキをペタンコって踏んで無防備で止まって、
なんかハザードか何か出していい気分になってるようでは、
いつかノーブレーキでつっこまれることになる。かもしれ
ない。

後ろの車が減速したのを確認してからブレーキを踏めば、少
なくとも速度差100キロでつっこまれることなどありえな
い。自分の車が60キロで走ってるときに80キロでつっこ
まれれば速度差は20キロ。100キロなら40キロだ。
つっこまれるときに、速度差が60キロなら多分後席に座っ
てる人だけが死ぬ。40キロなら軽自動車でもない限りシー
トベルトを締めていた全員が生き残れるだろうし、10キロ
だったらバンパーを傷つけるだけだ。そして、生きるか死ぬ
かの差は数キロだといわれている。

運悪く、後ろがあいたままとまっちまったらどうするか。ア
クセル踏め。可能なら路側帯に逃げろ。20キロ出せれば速
度差は20キロ減る。車は廃車だが生死を左右には十分な速
度だ。アクセル踏むためには、アクセルを踏めるだけの車間
が必要である。逃げるためには、車を前に出せるだけのス
ペースが必要である。50mはあけとけ。高速道路で後ろが
いない状態で、前の車のバンパーすれすれまで近づいてブ
レーキ踏んで止まってるなんてのは、間違いなく自殺行為だ。
ちょこっと、20キロ位でつっこまれても、関係者が2台か
3台かで、事故処理のめんどくささは大きく変わる。最悪
つっこまれても、よその車とは関わらないよう自分の縄張り
を作っておけってこった。

法律上、停止するときは前の車の直前で止まらないといけな
いという規定はないし、あっても自分が生きるためにはそん
なものは守る必要なんかない。都市高速とかで、ブラインド
カーブのむこう側で平気で止まっているのがいる。いつか
つっこまれるだろうし、死にたくなければ即刻やめるべきだ。
ブラインドカーブの向こう側に渋滞を発見したら、カーブの
入り口に止まっておけばいい。カーブの向こう側で止まって
いたらカーブを曲がらないと渋滞は発見できないが、カーブ
の入り口なら遠くからでも視認できる。前を詰めるのは、後
ろが減速したのを確認してからでも遅くはない。中央道相模
湖ICの出口も同じような構造になっているが、あそこで
つっこまれたりしたら面倒でやってられない。

運転の巧拙を語るときに、ぶつけるかどうかは問題にされる
が、ぶつけられるのは仕方ないと考えている人がいる。だが
現実には、ぶつけられる人と、ぶつけられない人は厳然とし
て存在し、偶然とは言い切れない有意な差が出るのもまた事
実である。

僕は60万キロ運転して、公道では3度ぶつけられている。
2枚以上のパネルを同時に修理したことはない。
ハリネズミのようにぶつけられない運転を心がけてきたこ
とで、車が使えないという、日常生活を送ることが困難な
日々を最小限に食い止めてきたと信じている。
そして、もしかしたら、あの日僕は死んでいたかもしれない。

(2007.8.25)

(2015.5.9 18:43)(by script)

区切り線
 
最終更新日:(2015.5.9 18:52)(by script)
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